北九州市 時と風の博物館

日常の中で見過ごされがちな北九州市が誇るべき魅力や個性を、地域資源として私たち自身で編纂し、未来へ繋げましょう。

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明治の文豪・森鷗外旧居

森鷗外は陸軍第12師団軍医部長として明治32年、小倉に赴任した。鍛冶町に1年半住み、その後、京町に引っ越した。現在、鍛冶町の住居が残っているが、この家は明治時代の町屋形式の家屋で建築物としても貴重なものだ。旧居には森鷗外遺言書など資料が展示してあるほか、49歳の時のほぼ等身大の写真がある。
鷗外は、ここで「我をして九州の富人たらしめば」「鷗外漁史とは誰ぞ」等を書いた。また、帰京後に書いた小説「鶏」は、この家を舞台にしたものである。
小倉に在住した間、鷗外は通称「小倉日記」と呼ばれる日記をつけていた。「小倉日記」の中には、小倉にいた時の鷗外の様子や、当時の小倉の人々の生活の様子が詳しく書かれている。
後に松本清張が、この「小倉日記」の行方を探すことに生涯を捧げた人物を主人公として短編小説「或る『小倉日記』伝」を書き、芥川賞を受賞している。小倉のまちに、時空を超えてつながる文学の道があると感じるのは私だけだろうか。