北九州市 時と風の博物館

*日常の中で見過ごされがちな北九州市が誇るべき魅力や個性を、地域資源として私たち自身で編纂し、未来へ繋げましょう。
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歴史・伝承のこと

あの頃の呼野

当時の三菱鉱業セメントの東谷鉱山と呼野駅を通過する貨物列車です。

かつて日田彦山線呼野駅に存在していたスイッチバック。SLブーム真っ只中の昭和48年6月、初めて撮影に行きました。近くの山の中腹まで登り、三脚を立てカメラを構えていると、無常にもそのまま通り過ぎていきました。遠い昔の懐かしい思い出です。

今は跡形もない呼野駅です。

三菱専用線を行く貨物列車。右端に写っているのは市丸小学校の木造校舎です。

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コメント

2007年に駅舎はありましたか?


自分の記憶が正しいのなら、昭和58年ごろ、スイッチバックが廃止されて、
昭和59年ごろ、日田彦山線のCTC化で、石田、志井、採銅所、西添田、宝珠山などの
昭和46~47年に運転要員のみ配置駅が完全無人化し、
平成4年ごろ、たしか放火によって呼野駅の駅舎は燃えてなくなったのだと思います。
新聞記事でわたしも知りましたから。
古い木造駅舎は、小倉鉄道時代のものでした。
北九州市内では石田駅が最後まで小倉鉄道時代の駅舎が残っていましたが、
ここも今は残念な駅舎になっています。

関門河豚太郎 さん [ 2013-10-09 ]

2007年頃に行った時はまだ駅舎はあったのですが、今は何も残ってないようですね。石原町や採銅所の駅と同型だったようですが、大正時代の貴重な駅舎だっただけに、なくなってしまったのはとても残念です。

九州若松 さん [ 2012-05-02 ]

現在の呼野駅には、何度か訪れたことがあります。もちろん駅舎の姿は全くありません。定かではありませんが、その基礎であったろう痕跡が残されていた記憶があります。提供いただいた写真の駅舎があの場所にあったであろうと思うと、なんだか感動です。

向日葵 さん [ 2012-05-02 ]

小倉鉄道が開通したのが大正4年(1915)だそうです。当時の蒸気機関車の性能では、ホームからあの坂を登るのは無理だったんでしょうね。昭和58年(1983)までスイッチバックは使用されたそうですが、今でも道床は残っており、一部には線路も残っています。三菱専用線も一部橋梁等も残っており、両方訪ねるのもおもしろいですよ。

九州若松 さん [ 2012-05-02 ]

スイッチバックが北九州市にもあったとは驚きです。山岳系の鉄道にしかないと思い込んでました。でも、写真を見れば分かりますが、呼野もまさに山岳ですよね。

shimojono さん [ 2012-05-02 ]