北九州市 時と風の博物館

*日常の中で見過ごされがちな北九州市が誇るべき魅力や個性を、地域資源として私たち自身で編纂し、未来へ繋げましょう。
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歴史・伝承のこと

鉄道100年記念の筑豊本線

現在の若松体育館の裏あたりです。

昭和47年10月は鉄道100年記念で、各地で特別列車が運行されました。筑豊本線でも若松~原田間で特別列車が運行されました。もう40年も前の話です。

丸尾町あたりの踏み切りです。右端は現在の199号線バイパスになります。

若松機関区はもう大騒ぎ。職員さんは大変だったでしょうね。

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コメント

九州若松さん、早速の説明ありがとうございます。室木線を走っていたハチロクは、ホームの若松機関区から専用線で折尾付近から鹿児島本線経由で室木線に向かっていたということがわかりました。

Miya さん [ 2012-05-05 ]

室木線は昭和49年に廃止されるまで全列車が蒸気機関車牽引という路線でしたが、ここは若松機関区の担当でした。最後はハチロクが活躍していましたが、若松を出た機関車はあの右端の線路を使って折尾駅の鹿児島本線に入り、それから遠賀川駅へと向かっていたのです。今の若松線の折尾駅を出てすぐの踏切に、この専用線の橋梁が架かっていました。線路の横の有料駐車場の側に当時の道床が残っており、一部線路も残っているようです。これがあの3本目に繋がっていたのです。NETで「若松のハチロク」で検索をすれば、何かヒットするかもしれません。

九州若松 さん [ 2012-05-04 ]

ここに三本の線路があったとは知りませんでした。ありがとうございます。新知識でした。室木線の連絡用?というのが今一つ理解できないのですが?室木線は遠賀川〜室木間だった路線でいまJR遠賀川の下り側の西川に廃線跡の橋梁が残っていますが、筑豊線との関係が理解できないのですが?
それと、二つ前のコメントでキハ58と書きましたがたんなる勘違いで、現在走っている気動車はキハ47でした。すみません。
  • いま走っているキハ47で何年か前にSLの最後尾くらいの位置で撮りました。
  • これがキハ58です

Miya さん [ 2012-05-04 ]

失礼しました。確かに良く見ると、楠木からの踏み切りのようです。1つ本城駅寄りの踏み切りでした。この頃まだ鹿児島本線(東折尾~門司港)でも蒸気機関車は運用されていましたが、他のダイヤとの関係上、運行しやすい筑豊本線が選ばれたのでしょう。それに冷水峠は全国的にも有名でしたから。
  • こちらが丸尾町の踏み切り付近です。右端の線路は室木線の連絡用です。

九州若松 さん [ 2012-05-02 ]

3枚目の写真は本当にすごいですね!!!
当時の熱気や興奮がびん!びん!伝わってくる感じがします。
貴重な写真提供、ありがとうございます。

向日葵 さん [ 2012-05-02 ]

貴重なデコイチ三重連の写真提供ありがとうございます。ただ真ん中の写真の踏切は丸尾町ではありません。楠木2丁目から199号線方面に至る(千代ヶ崎1丁目交叉点を渡るとCoCo一番などあります)踏切で、現在も二両編成キハ58が行き交っています。(JR本城駅からJR折尾方面への最初の踏切)
それにしても、この区間をSL三重連が走っていたのですね〜感慨深いです。

Miya さん [ 2012-05-02 ]

当時冷水峠ではまれに三重連が見られたようですが、イベント以外では珍しかったですね。田川線では、重連+後補機の三重連が良く見られました。遠い昔の懐かしい思い出です。

九州若松 さん [ 2012-05-02 ]

D51の3重連は圧巻ですね。

kikkun さん [ 2012-05-02 ]