北九州市 時と風の博物館

*日常の中で見過ごされがちな北九州市が誇るべき魅力や個性を、地域資源として私たち自身で編纂し、未来へ繋げましょう。
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歴史・伝承のこと

原爆犠牲者慰霊平和祈念碑:勝山公園(慰霊碑)

平和祈念碑のモニュメントは、劫火の中で手を取り合う母子像をかたどったものです。《出典:碑文》

小倉は明治の時代から軍都として栄えてきました。それは、今の私たちにはなじみのないイメージではあります。
さて、昭和20年8月9日は、長崎市に原爆の投下された日です。第二次世界大戦の戦時中、小倉には陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)と呼ばれていた兵器工場があり、現在の市役所から木町まで広がるとても大きな工場で、面積は福岡ドームの約8個分にあたる約58万3千平方メートル、ここに約4万人の人たちが働いていました。また、隣接する旧八幡市には、当時日本の銑鉄の1/3を生産していたといわれる日本最大の旧日本製鉄八幡製鉄所もあり、こうした軍都として栄えていた小倉に投下される予定であったが、視界不良のため小倉には落とさず、第二目標の長崎市に投下されました。北九州市では、平和への切実な願いをこめて平和祈念碑を建立しました。北九州市原爆犠牲者慰霊平和祈念式典は北九州市原爆被害者の会が73年から開催し、2008年からは市も共催しH30年度は8月9日(木)に執り行われました。《出典:原爆犠牲者慰霊平和祈念碑・碑文、北九州市HP》

「長崎の鐘(アンジェラスの鐘)」は旧浦上天主堂にありまし た。原爆により、一基は破壊され、もう一基はがれきの中から掘り出され永井博士の著書において「長崎の鐘」と名付けられました。昭和51年8月に長崎市から「長崎の鐘」の複製 が送られました。実物は、市庁舎1階市民ホールに展示中です。《出典:碑文》

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